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Betelgeuse's Diary

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戦艦の水兵たちが凧をライフルで狙う。1912年の対空演習写真が面白い

1903年12月にアメリカのライト兄弟が初飛行して、約8年後の1912年初頭。

アメリカの戦艦ミネソタ(USS Minnesota, BB-22)上では、水兵たちが銃を手に飛行機への射撃訓練をしていました。

第一次世界大戦前は、こういう「対空」の時代もあったんですね。

ドイツから近代高射砲の歴史が始まるのもこの年。
Anti-aircraft warfare - Wikipedia
高射砲 - Wikipedia

1912年にドイツが野砲を改造して使用したのが近代的高射砲の始まりである。


大日本帝国陸軍では高射砲、大日本帝国海軍では高角砲(こうかくほう)と呼んだ。


しかし「高射砲」「高角砲」「対空砲」はいずれも英語では同じ Anti-aircraft gun(対航空機砲、略称でAAG)であり、日本語訳におけるニュアンスの差でしかなく、基本的に同義である。



1912年、戦艦ミネソタ上での対空射撃訓練

世界の近事 その336

飛行機射撃演習は、現時海軍行事の一となりて、米國の如きは盛んに之れが練習をなし居れり。
写真は紐育湾外に於て、
ミネソタ號艦上所謂箱凧なるものを空中五六百尺の高度に飛ばし、
之れに目標を附して水兵に射撃せしむる光景にして、
スプリングフェールト銃は最も効能多きを認めたりと称せらるる。
同銃は四十五度の角度に於て、六千八百尺の高さに達し、其距離の如き五千五百ヤードに達することを発見せり。

 河北新報 明治45年2月9日1面

飛行機を目標とした演習はアメリカがよく行っており、戦艦ミネソタではニューヨーク湾外でボックスカイトに標的をつけて水兵たちが射撃。スプリングフィールド銃(型式不明)では高度2km・距離5kmぐらい、という記事。

おそらくフィートは尺と言い換えてそのまま、ヤードもそのまま。
アメリカ軍の発表を伝える記事となっています。

イギリス軍の第二次世界大戦前ではこのような説明。(1937)


[archive]
http://www.weapons.org.uk/smallarmstraining/downloads/uk/01-06-37.pdf[魚拓]


九九式短小銃 - Wikipedia

初期型
1939年から1941年にかけて初期生産された。対空表尺、単脚を標準装備しており、品質管理も行き届いていた。遊戯銃のモデルにもなっている。


初期型の九九式小銃・短小銃には、単脚とともに「高射表尺」という対空用に使える見切り照準器が標準装備されている。これは高射砲・高射機関銃砲(高射砲兵・機関砲兵)のない最前線では、敵航空機は歩兵の最大の脅威であるために、軽機関銃・重機関銃のみならず小銃手を含む歩兵部隊が全力で集中的に対空射撃し、これに対抗するものであったことによる。そのため、小銃の対空射撃姿勢(重機関銃は三脚を高射架に組み立て、専用の高射照門を装着する)である逆射や膝射および、見越し射撃の教育は高射表尺を有しない三八式歩兵銃の時代よりされていた。なお、あくまでこれらの対空射撃は必ずしも敵機の確実な撃墜を目論んだものではなく、敵機至近に射撃を行い「反撃」することにより操縦者の士気を挫き、接近や対地銃砲撃を回避する意味合いが強い。小銃による航空機の撃墜例は数件あるものの、墜落原因は戦闘中の混乱で明確でない場合もある。
なお、このような小火器を用いた対空射撃戦術は日本軍では全力射撃と呼ばれ、機関銃1挺よりも小銃20挺の一斉射撃の方がより命中率が高まるという理論に基づいていた。同様の戦術がクァンガイ陸軍中学等の旧日本軍関係者がベトナム人への戦術指導に当たった教導施設にて北ベトナム軍(ベトミン、ベトコン)の正規戦術として取り入れられ[1]、インドシナ戦争やベトナム戦争(アプバクの戦いなどが著名)にて、爆撃・偵察などで低空に侵入した多数の航空機やヘリコプターにAK-47などの対空射撃で損傷・撃墜の被害を与えている。小銃による航空機の被撃墜は搭乗員の士気に与える影響も少なくなく[2]、戦略上も操縦士のみならず、爆撃手や偵察士官などの養成に費用と労力の掛かる要員を無為に消耗する結果を招くこととなるため、F/A-18等の現代の航空機に至るまでこうした射撃への対策設計が取り入れられる[3]等の影響を残し続けている。


^ 井川一久『日越関係発展の方途を探る研究 ヴェトナム独立戦争参加日本人―その実態と日越両国にとっての歴史的意味―』2006年、日本財団、42頁
^ ポール・T. ギルクリスト「空母パイロット (新戦史シリーズ)」1992年、朝日ソノラマ
^ オア・ケリー「F/A-18の秘密 (新戦史シリーズ)」1992年、朝日ソノラマ



空にみんなで銃を撃つ、は日本からベトナムへ伝わっていました。
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