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Betelgeuse's Diary

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松永久秀ボンバーマン自爆説は1975年、南條範夫&桑田忠親が出演したNHK歴史番組で発生した誤解から?

昭和時代に生まれた新伝説。ひとりの歴史家が大きくかかわって松永久秀の自死が切腹から自爆死へ認識がズレると、それに合わせて天守閣炎上が天守閣爆発になり、久秀が火薬を平蜘蛛(ひらぐも)茶釜に詰めるなどの脚色が施されていきました。

【久秀の切腹】
①信貴山城天守閣は内部の放火で炎上。爆発描写などは特にない
②炎上前に囲んだ佐久間側から松永側へ交渉、松永側は久秀の頭部や茶釜を渡すことを拒否、強い表現として火薬で砕くと言ったようだ
③天守閣内部で何があったかは分からない
④久秀の体部分の焼死体は発見されており、そのうえで各所には切腹情報が伝わっている
⑤発見された焼死体の頭4つは安土城に送られている

【久秀伝説】
①久秀の切腹時に頭部や茶釜をほんとに砕いたらしいよ!爆破したらしいよ!牛一や川角が描く太閤記の伝説
②切腹直前に発作予防の灸をするぐらい久秀は健康に気を遣ったし、武士は名誉のために健康に気を付けよう!伝説
③茶釜は久秀がこっそり柳生に渡してたよ!柳生家の伝説
④茶釜は焼け跡から見つかったよ!浜名湖舘山寺美術博物館にある茶釜

【久秀自爆新伝説】
①川角太閤記で久秀の切腹と、死後に頸や茶釜を火薬で砕いたという記述はやや離れていた
②小説家たちは1955年ごろから切腹を省き(久秀)(首と茶釜)(爆発)部分で久秀の自死を表現しはじめた
③歴史家の桑田忠親は頸と茶釜を爆発させる久秀にこだわるようになり、1975年のNHK番組で強く強調、1989年の著書では自爆と書いた
④さまざまな小説で信貴山城そのものが爆砕されるようになった。久秀自身が茶釜爆弾を作るようになった
⑤ゲームなどで久秀は爆弾や爆発を操るようになった

桑田忠親 - Wikipedia著作リストあり

伊達政宗の眼帯と同じく、久秀の自爆も近年に成立していました。

松永久秀の最期まとめv1.5
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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